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口ビーからエントランス方向を見る. 床のモザイクは大理石とセガート,ガラス製の組合せで,イタリアのスピリンベルグのモザイク学校の製作.
エ事はすべてイタリア人の職人の手による. 柱は石膏マーブルというョーロッパでは古典の技術.
現在はほとんど使われていないこの手法を日本の左官職人,久住章氏の手によって再現した. 天井は金箔.

ロビー見下ろし。ロビーには螺旋階段が張り出す。
ロビー見下ろし。ロビーには螺旋階段が張り出す。
石膏マーブル仕上げの柱の間から見る。

無極

永田祐三(建築家)

蒼白い月光にオベリスクの先端は輝き,燈火を掲げて集まる商人,神官,そして王たちの行列. このナイルの流れを前にして演じられる宴は,一瞬の閃光と共に極彩色に輝き,私の険から消え去った. 今は灼熱の太陽に蝕まれて「ルクソール」の廃壇がある.燭影に浮かび上がる霊塔,欄干をタンカで埋め尽くし,幾重にも重なる回廊の中庭で繰り広げられる仮面舞踏. キチュ河を見下ろし悠久に生きる「ポタラ宮殿」. 精織な角楼を四隅に据え,瑠璃の莞の波で大地を抑え,その内に金漆を施しだ幡龍模様の玉座を世界の中心と定め,また支那墨の心地よい薫りに満たされた養心殿,そして薩満教の竃. 陰欝な嵐の楽園「紫禁城」.いささかの脆弱さも見せないこれらの大建築物は私の神託であります. 私の東洋の細い眼の奥の印画であります. 近代が私にもたらしてくれたものは,人間の諸権利と科学,正義と勤勉,鉄の箱に車輪を付けて,都会へ運ばれる幾百万の人の渦.近代はそして現代は,あらゆるものに 「正確」というものを与えてはくれたが,正確に近づこうとする精神の厳密さを悶絶させてしまったように私には思えた. 幾度となくこの臆綱を解こうともがいていた私は,突然工事現場の道化師として,その真っ只中へ躍り出た. そうして,夜を重ね,昼を重ねて絵を描きました. どこかに私の身元が見付かればと. 私には多くの世界の幻影がすでに定着しているはずだと思いました. 西洋の衰弱した形式を,そしてその人びとが辿ってきたありとあらゆる古びた仕事をあますことなく引き受けよう. 終馬を迎えた東洋の仕事をあますことなく引き受けよう. そして,それらの仕事にこそ私の東洋の細い眼の奥に印画した神託を念写するのだと. 

 

 

そして,それらの仕事にこそ私の東洋の細い眼の奥に印画した神託を念写するのだと. 黄河と揚子江の源,青蔵高原の花の海から談子の打合せにやってきた青年たち. 30歳を越えてはじめて海を見たという. 北京の北の山間で,真っ黒な増子土を練る瑠璃瓦の職人たち. 煉瓦の図案をコンピュータで弾き出すロンドンの技術者たち. 鋳造のことならなんでも知っているハンツの職人たち. たとえタクアンでさえも,食べ物という食べ物はなんでも美味しいというアイントフオーヘンの技術者たち.私は彼らの国にはチューリップと風車があるだけだと思っていました. 一番鳥の暗くときに足場の上で大声を上げる萩生まれで二枚刈の煉瓦工の親方. 北ウェールズ生まれの無口な彫刻家. 現代のミケランジェロといわれた画家. アドリア海に臨むフリウリ地方のモザイクの職人たち.彼らはカトリック教徒だ. バネのように歩き回る淡路島の名左官師. 遊び人で茶人の大和郡山の老指物師. ボルドーの元ボクサーの石工. 彼には確かにゴール人の血が流れているに違いない. ラマダンになるとひとかけらのご飯も食べない口髭をたくわえたアルジェリア生まれのデザイナー. 大きな口髭を生やした金箔の職人. 髭は刷毛の掃除のための道具であった. 赤いパンツのモロッコの男. ビロードや絹の糸を操るフランスの娘たち.パチンコの好きな寄木職人. 一度しか大笑いしなかった変なパリの寄木専門家. 痩せ細り,ロマン派最後のピアニスト,ホロビッツのような顔をした社長. 自らボロビッツだと主張していた. 数え上げればきりがない.工事現場はおよそ職業という名の付いた人びとでごった返した.混乱,喧喋,無秩序,まだしも戦場の方が秩序正しかろう.

 

 

次第に職種は混乱する. カーテンにミシンをかけるフランス娘たちの手は床の掃除のためのものとなり,社長は床に這跡って床磨き.配線工がシャンデリアを組む. 左官は引越しのお手伝い.モザイク職人はタイル工に早変わり……、私の幻影がどのようにしてこの地上にその姿を現したのかは今もってわかりはしない.そして私の身元も辿ってはみたもののわかりはしなかった. この異邦人でごった返した建築現場は出島であった.芸術家,技術者,そして職人たちが国へ帰る時がきたとき,私たちはいつもワインを前にささやかな宴を開いた.別れの時がきて涙を流さなかった人は少ない. ある日私は中国の世界的な陶磁器の研究家で故宮博物院紫禁城出版社社長,李毅華より,国家の文明の伝統が失われていくことを嘆きつつも,美しいものは永遠に残るという手紙に添えて一枚の書を受け取りました. それには,骨太い大きな二文字が書かれていました. 「無極」と書かれてありました.WÚJÎと発音し,極めれども極めれどもその先には何もありません,という意味だそうです.