水脈の会会報 「水脈 mio」掲載

宛名のない手紙(16)

行き詰まる

沼のような東横堀川の底から林立するコンクリートの柱列、それは川の上にある高速道路を支えている。この川の両側にはまるでギザギザの塀のように、高い低いの小型のビルが立ち並び川への太陽光の照射を拒んでいる。高速道路は車がいっぱいで渋滞し、川の水は行き場を失いよどんでいる。
そのあたりで毎朝目を覚まし仕事場へ出かけていく人々…。表通りは自動車、自転車、人々でいっぱいだ。これらをかわしながら地下鉄の駅まで歩く。エスカレーターがたくさんの人々を地上に送り出している。こわごわエスカレーターに乗り込む老人。改札では、自動改札機のお迎えだ。激しい勢いで切符を吸い取り機械特有の音を立てながら前方へ吐き出された切符をさっと取り上げた人々は、プラットホームへ集団となって流されて行く。床には、目の不自由な人々のための凹凸のあるタイルが貼られていてつまずきそうになる。
役所の福祉課の人たちの発案は一方的に要求をつきつけてくる。プラットホームや車内では、ラウドスピーカーから乗客が他人に迷惑行為をしないようにと注意を呼びかけている。まるで子供たちにものを教え込むかのように。その後でさらに沿線の催物の広告を大声で宣伝する。よけいなお世話だ。
ちなみにパリの地下鉄では何も喋りません。やっとのことで到着した仕事場のあるビルの玄関は自動車が待ち構えていて、人の動きと比べればぎこちなく扉を開けては閉め、その間をぬって人々が出入りをする。空調機によって適切に調整された室内では、人工の光のもとで人々が仕事をしている。携帯電話に送られてきたたくさんのメッセージ。コンピューターを開ければ山のような仕事の指示。どこまで逃げて行こうとしても逃げ切ることはできないぞ!
仕事を終えればまた同じ道順をたどり家につく。私たちのまわりには何でもあるのに、その生活に造形性や創造性がない。解放されることなく行き詰まった生活。

かつて猿飛佐助が『破壊力が忍術の限界を越えた時が戦争を止める時だ』と言っていたのに、世界情勢はとうとうバクダッドまで攻め入り、今その治安に苦しんでいることを新聞が伝えている。
テレビでは、この国がイラク復興のために自衛隊を派遣するかどうかの正統性に関して討論をくり返し行き詰まる。他人の文化、伝統、そしてその歴史を無視して自らを押し付けるという大国のエゴかしら?私たちの周りに埋め尽くされたこの国の建築も、文化や伝統や歴史を真剣に学ぶことなくすべてを捨て去り、声高に創造だと言って建て続けられて来たのである。どれもこれも根無し草、いずれは枯れる運命にある。
この国の建築はとっくの昔に行き詰まっているではないか。ふと出くわす古い民家に大変感動を覚える。しかしその民家の向向こうに広がる新興住宅地はプレハブ住宅で埋めつくされている。
また、食生活においても、料理のための調味料はインスタント、食事もインスタント、ファストフードは大流行り、サプリメントは花盛り。そういえば、テレビは料理番組と健康番組でいっぱいだ。あの住宅地での食生活も、プレハブ住宅の種類くらいのバリエーションしかないのだろうか。
家の数だけ味があり、家の数だけ創造があるはずだが。住宅地のありかたが、そしてそこでの生活のありかたが行き詰まっている。都会では人も車も行き詰まる。足の不自由な人には渡りきれない横断歩道や踏み切りの数々。役人たちは勝手気ままに振る舞って、厚生年金の制度を行き詰まらせている。
私の妻は年金の給付のお願いに行き、役人に叱られて帰ってきた。学校では文部科学省の決めた細い細い幅の中だけの教育。教育には無限の幅があるのに。その幅からはみ出してドロップアウトする子供たちの多いこと。子供が池に落ちたといっては池の周りにはり巡らされる長い鉄の冊。幅の狭い教育観から出来た冊でしょうか。教育も行き詰まっている。
秋の展覧会、画家たちは新しい美を求めて戦い続けた結果を発表している。しかし感動を呼び覚ます絵画が見当たらない。どうしてだろう、彼らも行き詰まっているのだろうか?
定年退職者たちは、絵画教室へ、習字教室へ、菜園へ、登山へ、かつて立ったことのない台所へ、そしてボランティアへ。何のために?
時間をもてあまし生き方が分からなくなった人は、堂々巡りの末死んでしまいました…。老人たちは擁護老人ホームへと、死を迎えるまでの彼らの生活空間の索漠たる風景。「老人たちはお客さまです。私はこれが三軒目です」と大声で笑う老人ホームの経営者。この人の仕事を私は断った。

そう言えば、「人々を救うためです」と語り、「金であるより鉄であれ」と本を書き、日本中のジャーナルが祭り上げた偽善弁護士の笑い顔に似ていた。この弁護士も行き詰まったのでしょう。
今の日本、どちらを振り向いても行き詰まりばかりが目立ちますねぇ。わたしもこの行き詰まりばかりの世界で生きています。この世界から逃げるわけには行きません。覚悟して一つ一つこの行き詰まりと戦ってみようと思います。知力ある先人の力を借りながらゆっくりと、時間がかかろうとも。そろそろ私の言葉も行き詰まって来たのでこの辺にて。